甘い匂いの風が吹いてくる。そう遠くない場所から、私のもとに。
(こんな甘い匂いは知らない、私のじゃない)と一瞬思ってから、気づく。
私は知っている、ちいさい頃から。思い出す。
夏に咲く白い花の、強く甘い匂い。
おじいちゃんのお寺の庭で紙を燃やした後の、
夕暮れの湯上がりのせっけんの、
三ツ矢サイダーの、
ほのかに甘い匂い。
桃、いちじく、みずみずしい果物の匂い。焼いた野菜のこうばしい匂い。
風はただ吹いてくる。止められない、止める必要もない。
私のための風じゃないと、身を縮こめるなんて愚の骨頂だ。
私のままでそこにいて、ほっぺたで、ひろがる髪で、足の裏で、
からだ全部で感じればいい。思いっきり。
そして。
受け止めろ。
逃げないで。
明日の命はわからない。今この瞬間を、あなた全部で生きていますか。